桜の季節に思い出す、鏡川の哀しい記憶

土地の怪異(地域別)

🌸 春の川に浮かぶ記憶

こんにちは。立花破月です。
今日は、春になると私が思い出す、母の体験した少し不思議なお話をしたいと思います。
暖かくなってきましたね。
そろそろ桜の便りが届くころでしょうか。
春の気配が近づくと、ふと胸の奥に浮かんでくる記憶があります。

🕊️ 霊媒体質の母と、私の育った環境

私の母は、いわゆる“霊媒体質”というやつです。
幽霊が見えるわけではないのですが、見えないものを迎え入れやすい体質なのだそうです。

そんな母に育てられ、敷地内同居していた母方の祖母はイザナギ流を信仰し、祖父は真言宗を信仰していました。
そのため私にとって、幽霊や生霊・死霊といった存在は、特別に怖がるものでも否定するものでもなく、生活の背景に静かに存在していたものでした。

🌊 母が見た「川に浮かぶ人々」

母が祖母に会うため、鏡川沿いの道を自転車でオッチラコッチラこいでいたときのことです。
ふと違和感を覚え、自転車を降りて川に目を向けた瞬間――

たくさんの人が、川に浮かんでいた。

母は驚きでその場に固まってしまったそうです。
その光景はすぐに消えてしまったのですが、場所は
高知市大原町158・高知市平和祈念の碑の近く。
そこには、高知空襲の犠牲者名簿が納められています。

高知大空襲では、焼夷弾で焼かれた多くの人々が水を求めて川へ向かい、そのまま命を落としたといわれています。
母が見たのは、もしかすると――
川に刻まれた哀しい記憶の残像だったのかもしれません。

🔥 高知大空襲と、土地に残る痛み

高知大空襲は7月の出来事として知られていますが、実際には空襲は何度も行われていました。
市街地は繰り返し爆撃され、非戦闘員の犠牲は想像を超えるものだったといいます。

日本は、一般市民が大量に犠牲になった国のひとつです。
その痛みは、土地にも、川にも、そして人の記憶にも深く刻まれています。

🌸 私たちにできること

母が視た川の光景は、
「忘れないでほしい」という川の祈り
だったのかもしれません。

国を守るために、私たちに何ができるのでしょうか。

武力ではなく、
語り継ぐこと・記憶を手放さないこと。そして守る力を手に入れること。
それこそが、未来へつながる守りの形なのだと、私は思います。

春の川を見るたびに、母の話を思い出します。
そして、静かに手を合わせたくなるのです。

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