魂の海へ潜る ― 深淵の記憶を拾うとき
前世を占うとき、私はいつも、魂の海へと沈んでいく。
それは現世の海ではない。一人ひとりが持つ魂の海とでも呼ぶべき場所。
そこは人によってまったく姿を変える。
浅瀬のように光が揺れ、金の粒子が漂う美しい海もあれば、
深く沈み、光の概念すら消え失せた黒い深海のような場所もある。
水の色は魂の色。
青、黒、紫、白。
ときに、色と呼べない色が揺らぐこともある。
そのすべてが、その人の歩んできた道の気配だ。
私はその水を、ゆっくりと抜けていく。
皮膚ではなく、魂の膜で触れるように。
冷たさも温度もないのに、確かに“何か”が私を通り抜けていく。
やがて、ひとつの箱が現れる。
それは前世を収めた記憶の器。
縦に長く、私の胸ほどの高さがある。
大きさだけはどの魂も同じ。
けれど、表面に刻まれた模様はひとつとして同じものがない。
幾何学の線が鋭く走る箱もあれば、
植物の蔓のように絡み合う紋様の箱もある。
まるで魂そのものが、自分の物語を刻みつけているかのように。
私はその蓋に手をかける。
開け放つことはしない。
ほんの少しだけ、闇の中に細い光を通すようにずらす。
その隙間から、前世の息が漏れ出す。
懐かしさとも、痛みともつかない気配。
それは“記憶”というより、魂がかつて確かに生きていた証そのもの。
私はその中を覗き込み、必要なものだけを拾い上げる。
愛したもの。失ったもの。抱えた痛み。祈り。願い。
そして今へと続く縁。
前世を占うという行為は、未来を断言するためのものではない。
魂がどこから来て、どんな海をくぐり抜け、
どんな色をまとって今に至ったのかをそっと照らすためのもの。
今日もまた、誰かの魂の海へ潜り、
その箱の蓋をわずかに開ける。
そこに眠る物語は、いつだって静かで、深くて、
そして、言葉にならないほど美しい。
欠けた月の夜に、魂の海は静かに揺れる。
その揺らぎの奥で、前世の箱は今日も静かに目を閉じる

